2011年8月16日火曜日
なりたい!
Facebookには投稿したんだけど、「~になりたい!」という気持ち。誰しも持っている(た)んではないだろうか?
特に学生時代に持っている人が多いと思う。就職活動や遊びの中で気づくこと。
自分はそうで、今は持ってるか?と言われると、、、持ってます。今は。
でも昔みたいにガツガツしてないし、大人になって色々わかった反面、行動が臆病になっている部分がある。
転職を本気で考えたのは、やはり~したい!というのが強くあったから。
今の仕事は、もう5,6年続いてて、やることもルーチンワークになってるし、目新しいことはそれほどない。
それでもまあまあ標準的な給料をもらえてるので、不満はない。
しかし、この仕事を10年20年先も続けているか?という問いには昔からノーだった。
今の職種が将来今ほど需要があるとは思えない。
でも、じゃあ?と言うと「・・・」
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世の中を変える、というテーマはすごく大きいことだけれど、そういうことをしたいと本気で思うようになったのは今年に入ってから。
世の中を変えるほどの”モノ”を持ち合わせては無いかもしれないけれど、世の中の一部分を変えれるかも、と思えることが出来るようになった。
自分の周りには信念をもって働いている人が多いと思う。とてもステキ。
本人はそうは思ってないかもしれないけど自分から見たらそう思える。
自分もそうなる。
宣言
2011年3月23日水曜日
お勉強する
その為にU-CANで通信教育を始める。
元々こういう分野には興味があった。でもわざわざ資格取らなくても・・・と思っていた。
だけど、何かしら勉強をしていかないといけないな、と思うようになった。
本を読むのは好きで、活字中毒といっていいくらいだ。だからなんだか読むとエラくなった気がするのだが、ただ、大半は生活自然系の雑誌(クウネルなど)なので自分の成長という点ではあまり変わりはないのかな?と思う。
そう。今の職場で働き出してから、仕事の作業スキルは上がったのかもしれないけど、それ以外の部分はどうなんだ?と思うと変わっていない、もしくは下がったように思える。
その上がった部分は今後役に立つのか?と考えると、今の仕事ならばという条件付でしか使えない。
それはすごく危険なことだな、と思う。
将来やりたいことはだんだん明確になってきてある。
それに対して今できることをしていかないといけない。
新しいことをするのは苦手なほうで、後手後手に回ってしまうんだけど時間は常に進んでいく。
言い訳は意味がない。
2011年2月7日月曜日
関取? 暖かいので動く
立派なお腹だこと・・・
そう、今日2日ぶりに我が子に会ったのだけれども、髪の毛がかなり寂しい状態になっておりました。おーーー・・・。
新しい髪はいつ生えてくるのやら。でもてっぺんのぺこぺこへこむ部分だけはなぜかぼーぼーなんですねー。不思議。
ここんとこすごく暖かい。
だからかはわからないけど、ふつふつと動き出したものがちらほらとある。
職場の仲間と音楽をすることになった。しかし過去にも同じことがありその時は自分の怠慢で頓挫した・・・。
そしてマリコが面白いことを考えていてそれに便乗する形になりそうだ。これも他人を巻き込んだ形で。
やっぱり何事も他人を巻き込んでこそ変化が起こって面白いと思う。でもそれをなかなか出来ない性分なんだけど、やり始めるとしっかりやる。
スタートが遅い、というか「あ、あ、」という間にスタート地点が過ぎ去っていってしまうタイプ。
そう、マリコが絵を描きだした!一部作品を右のリンクのBiotopで見れるのでよければ~。
今後はそこに絵をアップしていく予定。
2010年12月11日土曜日
お金の価値は 遠い未来なくなるのか
お金でモノを買う、お金と物々交換をする、ということだ。
今の時代、物を手に入れようとすると、ほとんどがお金が必要になっている。
たまに、それがめんどうくせーなーと思うことがあるけれど、そういう社会を昔から作り上げたのは我々なのだ。
そのお金を手に入れるために働く。”お金=労働の対価”という図式が成り立っていると思う。ただ労働は一言では言いあらわせられないほど色々な形がある。
そのお金で、例えば白菜を買う。近所のスーパーなら398円、大原なら300円だった。
その白菜を料理して食べるのだけど、その満足度の差はモノの質の差で。あまり味がよくないけど高い白菜だと、えー!?っとなり、すこぶる美味しい白菜だと、そりゃこんだけお金出したしな、と。もちろんお金だけではないけれど。
この評価する時に、お金が関係してくるのがなんだかイヤだなーと思う。
でも、労働の対価の評価=お金の量に確実に結びついているから、えらそーには言えない。自分の給料は自分ががんばって働いてもらえるものだ。それは素直にうれしいので上で評価する時に、お金が関係してくるのがなんだかイヤだなーというのは少し矛盾アリ。
その辺の労働=お金がイヤだったので音楽で生活するのをやめた1つの理由。
音楽→自己表現 ここまでだととてもよい
→ストレス発散→楽しい・気持ちいい ここでもまだよい
→収入源 こうなると途端に苦しくなり面白くなくなってしまう。
<音楽 こう出来たら今も音楽でお金をもらっているだろう。
自分の大好きな外国SFドラマで24世紀を舞台にした物語がある。
その時代にはお金という概念が無く、貧困も戦争も無く人類は自分達の向上のために働いている、という設定だ。
現実に将来なるとしたら、是非見てみたい。
2010年12月4日土曜日
目指すもの
最近、、
毎日しあわせでいい人生だ~と思っていたけど、目の前の道しか見ていないな、とふと気づいた。
なんとなくこうやっていこうとかこうしていきたいというのはあったけど具体性が無くその道に少し自信が無かった、なんとなくでぼやけたまま進んでいた。
夜家族が寝た静かな部屋で、ぶーんと頭のスイッチを入れて考えてみた。
そうしたら色々な事が明確になってきた。
ノートに書き出していき、頭が冴えてしまい困った。でもやってよかった。
・ ・ ・ ・ ・
いくつか目指す方向が明確になり、結局それは1つの事に繋がりそうな気がする。
それはそしてマリコともかなり重なる部分が多い。
今知っておかないといけないこと
やり始めていかないといけないこと
今やっていることを続けていかないといけないこと、もよくわかった。
そういう考える時間がとても大切だということが再認識できたのが1番大きいのかもしれない。
明日も朝早いけど・・・考えてよかった。
2010年8月28日土曜日
やさいの手に入れ方
この前農家の友達の納屋を見せてもらった時、収穫した夏野菜がたくさんあった。
今から袋に詰めて出荷するという事だったけど、どういう家に行くのだろう?
-
近所のスーパーで売っている野菜、。
シナシナで、何日か売り続けている野菜なんだろうなーというものがたくさんある。
何人もの人に触られカゴに戻され、不自然な温度変化にさらされ、くたびれきった野菜。
そこで買い物をする自分。
すごく残念な気分になる。
-
色々、過去何度も考えるけどやっぱり1番簡単な解決は、地元で取れる野菜を地元で消費すること、なのかなー。
もちろん、季節にあった野菜しか食べれないかもしれないけど、それでもいいと思う。季節に合わない野菜が欲しければ、そういうスーパに行けばいくらでもある。
矛盾?
-
あーー。おいしい野菜をたくさん食べたい。
2010年7月14日水曜日
使いまわし
あるAスーパーで。
魚売場。そこは他のスーパーに比べて価格が安いのです。
例えばツバスが1匹298円。高槻の某高級Bスーパーだと498円。
確かに安いからか見た目少し鮮度に落ちるかなーとは思っていた。
でもAスーパーはBスーパーに比べたらライティングが貧弱でそう見えるだけかも?とも思っていた。
先日夕方少し前にAスーパーを訪れた。
魚売場にはツバスがたくさん並んでいた。
そうしたら見ている間に一匹モノがなぜか全部裏に引き上げられていった。
あらら?と思ってるとサバやツバスやアジの切り身が刺身用で入れ替わりに出てきた、半額シール付きで。それもすぐに。
せっかく安く一匹買えると思ったのに・・・。
ちなみにアジやサバは見てる間では売場にはなかった物だ。
決めつけてはいけないし、自分がそこで働いてるわけじゃないから絶対とは言えない。
だけど自分も釣りをするから、魚の鮮度の見極めに関しては自信を持っている。
また、釣りたてを刺身にするのが一番か?というとそうとは言えなく、種類によっては数日経った方が美味しいししっかり低温で保存していれば鮮度は保たれる。
だけどそれ以来、他のいくつかの理由から判断してその店で生鮮食品は買っていない。
自分の目で見て口で判断して安心できる食べ物をどうやってできるだけ安く手に入れるか。
これは今後も続けていく。
2010年3月7日日曜日
道をかき分けて
クウネルを読んでいたらポテサラが美味しそうだったので昨晩せっせと作った
作りたては玉葱が強かったんだけど、一晩たったらいい感じに馴染んだ。
今日は久しぶりにのんびーりした休日を過ごした。
のんびーりすると色々考えたりもするもので、色々な面で自分の至らなさ加減に「あ~~」となったりもする。
生き方やしていることが気になる人々の文章をネットや雑誌で読んで思うのだが、やはりそういう人は、人と助け合って成し遂げているんだなーと思う。
自分がやりたい事。その為に自分ががんばってその道に進もうとするも、そのうち行き先が藪に覆われたみたいによくわからなくなる。そのまま行くと見失ってしまいそうで、立ち止まる。そして時が経ち別の道を見つけまた進むが同じく立ち止まってしまう。そうこうしてる内にもしかしたら同じ道をぐるぐる回っているだけだったりして・・・、となる。
ここで自分には勇気がないのか、自分が出来ない事を認めたくないのか、人に頼ろうとする事をしない。
多くの自分が目指す人は、そうなる前に自分で考えて人の手を借りて導いてもらったり道具を借りたりして進んでいっている。
そうやったらいいやんーと思うし言われるけど、なかなかすぐに出来ないから困っているのである。
相談相談。
2010年2月10日水曜日
むふむふとね
家の近くにJRの駅がある
そこに向かって線路沿いをあるいていた。
普通が通り過ぎる
がたんがたん。
すぐに新快速が通り過ぎる
オラオラオラー!
普通のような生き方してるかな?と問いかける。自分はオラオラオラーに憧れる、けど身の丈にはあってない。
そんなに素早く生きていけない。
左手に線路を見ながら右を見ると早咲きの梅がちらほらと咲いていた。
それを見つけられてうれしかった。
よしよし。
2009年9月9日水曜日
勝ち負けというのは
自分でやらないと気がすまない。
他人に任せられない。
こういうことが多くある。でも昔に比べて大分マシになったなーと思う。
そういう性格なので、自分がミスを起こすとひどく落ち込む。
今日も仕事でそのようなシチュエーションになった。
休みだったので、ぼーっとしていたら職場から電話がかかってきた。こういうときは必ず悪い知らせなので、胃が重くなりつつ電話に出る。
内容は自分で聞いた感じでは自分に非が無いと思った。だけど急を要するので上司に電話。そこで状況を説明していくと、自分にも非があることがわかってきた。
あぁぁぁ・・・こうなってしまうとなかなか這い上がれない。
今職場で人間関係に対して問題を抱えていて、それの解決法が見つからない。それにも絡む問題なのでどうにかしないといけない。
自分は人に負けたくないという意識が強い。だから人に任せられない。でもそれは仕事上問題がある。だから別の人に振ったりして、それを監督していく。またそういう立場にある。
だけどそれがうまく出来ないし、出来てると思えない気がする。
こんな時は家を飛び出すのがいいと思い出かけた。
バスに乗って移動中にある神社に書いてある標語?に目が行った。
「勝たなくていい 自分に負けなければそれでいい」
あー。そうだーー。負けたくないから勝ちたい。だけど勝てない相手や物事というのは絶対に存在する。でもそこで自分に負けずにいたら、最低でもあいこだ。あいこでいいんだ。
気持ちがフッと軽くなった。
明日からの仕事。あいこでいく。生活していくのも自分に負けずに(たまには負けるけど)あいこでいくといい気がする。
2009年5月16日土曜日
考え事
頭のスイッチを切り換えたかったから。
ここ一二年、なんで自分にはそれが出来なかった、出来ない、んだろと悔しかったり落ち込む事が多い。
人は得手不得手があるから、自分は自分、と思えるんだけど。
そんな時はひたすら考えを巡らすか、音楽をきいて本を読む。そういう本にヒントがあったりする。
今日もそんな日をカフェで過ごしている。
ひとつわかったことは、自分がすごいなーって思う人の落ち込んでる姿をみることがない。
そして逆に自分も他人からはそうみえることがあるのかもって思うと少しスッキリする。
2009年2月17日火曜日
仕事
自分が今の仕事に就いたのは約4年前。
キッカケはその時していた音楽講師の仕事の契約が切れてしまい、同時にしていた演奏の仕事もうまくいかなくなってきていた時期であった。
と同時に音楽に興味が薄れてきていた時期でDTPの世界にはまりつつあった。
そういう状況で今の職場の求人を見つけアルバイトで入社した。
DTPも出来て製本とかの仕事も出来る、これは面白そうだと思い、始めた仕事。
それが今状況も変わり、世界情勢も変わり、?と思うようになってきた。
仕事は何のためにするのだろう?
収入を得るため。これは第一だと思う。そうしないと生きていけない。お金だけに限らず物であったりしてもいい。人間は空気を食べて生きるわけじゃないしね。
第二に、なんだろう?自分の中では、自分の成長のためだと思っている。
仕事にそれを求めたらいけないのかもしれない。仕事は仕事で生活のためと割り切って、それ以外で自分自身を高めていくものを見つけていくべきだ、という意見もあると思う。
でも仕事をしている時間は、寝ている時間の次に長い。もしかしたら寝てる時間より長いかもしれない。
それを生きるためだけに費やすのはもったいないなって思う。
今自分の周りには仕事をしつつ、それが自分の糧になっている人がたくさんいる。
その人と比較すると今の自分の仕事は自分の糧にはそれほどなっていないなと思う。ただ収入は安定して、金銭的にもそういう人たちより恵まれている場合が多いけど。
どっちかなんだと思う。この辺の考え方は人によりけりだからこっちがいいというのはないしここでは言わない。
ただ自分はどっちがいいのかというのはある。
今の仕事、仕事自体はむいていると思う。物を作ると言う事は好きだ。だけど縦社会の組織の中でそれを行うと言う事には向いてない気がする。全て自己責任の自分を中心とした世界の中での仕事をするほうが向いてると思う。理想。
だけど今の情勢を考えると現実は反対。
でも行動を起こす前に諦めるのは止めたい。もっと自分がしたい方向の世界を知って、熟考して、それで行動して結果を見てみたい。またそこでさらに深く入ってみて。それの繰り返しをしてみたい。
その狭間で考える。
ただ極論は生きていくのが自分の成長だ、となってしまうのかもしれない。でもそれは少し悲しいな。
自分の人生は今の一度しかなく、それほど長いと言うわけでもないと言う事を忘れないようにしたいと思う。
2009年1月4日日曜日
抱負
ちょっと述べてみようかと思い
段階的にいきます。
■実現可能な範囲
・毎日歯磨き
これはですね、その通り今まで毎日歯磨きしていないということです。正確に言うと、朝はするけど夜はしない、ということですね。
これをちゃんとセオリー通りに毎朝晩しよう!ということです。宣言します。
・いろいろな人とコラボ、そして表現
自分には少々なりともピアノが弾けるという才能があるので、それと絡めて何か他の分野の人としてみたいという思い。
第一弾がおいしい歌とパンと紅茶とだったので、次はまた違った形で。今のところ映像と絡める予定。
・勉強
去年は頓挫した英会話。今年こそは!NHKのラジオ英会話で勉強。
他にも色々知りたいことはあるので、とりあえず英会話とweb製作。2つくらい同時に勉強したいかな。
・体重59kg以内キープ
そのままです。
■すぐには実現しない範囲
・ものづくり
もの。物体もそうだしwebもそう。陶芸、染色、webデザイン、フライヤー、企画。何か形に残るものづくりをしていこうと思う。
ここで勉強した事が発揮できれば、と思う。webはMovableType→WordPress→XHTML+CSSという道筋で。
・ひとづくり
人と人とのつながり。人生の永遠のテーマにしている。今年も自分が無理しない程度に増やしていけたらいいかな、と。
■長い目で見る範囲
・転職
今のところ具体的には八百屋+αです。
八百屋、きっと将来にわたりつぶれないであろう、そして需要が増えるであろうと思われる職業。今の景気の悪さ、いつまで続くかわからない。自分の身を会社に委ねていたらいざという時に何も残らない。景気が元に戻ったらなにも言う事はないけど、どちらにせよ働かないといけないのならやりたいことをしたい。
食の問題が取り上げられる昨今、日本の食料自給率の低さも相まって、いい食材へ消費者の目が向けられていると思う。そしてこれは今後もっと大きく取り上げられると思われるのでそれを販売する側に立てたらいいかな、と。
有機、無農薬、どちらも非常に興味がある。それを作るのではなく、作ってるけど色々な問題で流通に載せられない農家の人々を支援する側に回りたい、そんな思いですね。
そしてそこを色々なものを表現する場にもしたい。動きの無いものを表現する場としても提供できて野菜や紅茶やパンなどと組み合わせられる場所が出来たらいいなーと思っております。
まぁ夢です。
なんにせよ、特に大きな病気にもならず、健康で意義のある日々をおくれるようにしたらいいと思います。
2008年12月30日火曜日
ap bank
NHKで特集をしていたのに見入ってしまった。
実績が無いから、規模が小さいから等で銀行からの融資を受けられない団体。それに対して基準に沿った団体に融資を行うap bank。
小林武史や櫻井和寿や坂本龍一が出資している。
NHKでは実際融資を受けた団体がどういう活動をしているのかを取材していた。
やむなく放置されてしまっている田や畑に豚を放牧させて、年単位で豚の力を使い荒れ放題の雑草などを食べてもらい、地を耕し、糞で土壌を作る、そんなNGO。
残したい自然を知ってもらうために、子供達に魚を釣らせて、山に入り山菜を取らせて、自分達で料理させてそれを食べる。普段食べているものは元々全て生きているものだという認識を持たせる。そんな自然学校。
他にも多数。
すごく心動かされた。そういうことをしてみたい!何を自分はやってるんだ?って。
だから何をするの?といわれると言葉に詰まる。
今は、まだわからない。正直な気持ち。
町工場の中小企業が銀行からの融資を受けられなく、廃業していく。そこで働く人々が生きていく為にある企業に融資をせずに、NPOやNGOに融資をするとは何を考えているのか?と思った。
でもそれは、間違いなのか、正しいのか。
答えは出せない。
2008年12月7日日曜日
人生は行動を待っている
副題 なすべきことから達成していく【建設的な生き方】 デイヴィッド・K・レイノルズ
//腹が立ったとき、あまりの悲しみに会ったとき、簡単にその気持ちを抑えることはできません。でも、そのままでいいのです。そんなときは、泣きながら、怒りながら行動すればいい。感情のしまいどころを考えるより、まず動くこと。絶対行動人生を歩むための「建設的な生き方」//
と紹介されている。
今この本を読んでいる。
友人から借りている本で、ふと手にとって見てみたら「あるある」「わかるわかる!!」という内容ばかりだったので読みふけっている。
感情。直接コントロールできませんよね。出来てるつもりでも、直接には出来てないことが多い。
嬉しい、悔しい、悲しい、など。はいじゃー今から嬉しくなりますーなんて出来ません。
自分が嬉しいなと感じるシチュエーションを思い出してみる。。。。
細かくみると必ず、自分だけでは完結していない。
例えば、人にプレゼントをもらって嬉しい、これは相手が絡む。
じゃあ自分のピアノが上手に弾けて嬉しいは?
ピアノは自分で作ったものではないし、運んでくれたのは配送業者さんだし、原材料を作ったのは・・・キリがない。
それらには全て行動が絡んでいる。
自分の人生哲学の中に
【経験だけでは本当な成長はしない。体験だけでも成長しない。体験して、それを経験として受け入れて初めて成長する】
というのがある。
まさにそれだなーって思いました。
実は今不安だったりします。
明日のライブ、うまくいくかなーなど。
でもその不安な感情って過去に体験したから生まれる感情。
また逆に未知への不安でもある。コラボってうまくしきれるんやろうか?など。
この不安感をどうにかしたい!て思うんだけど、これは消えろ!と念じても消えないもの。
じゃあどうしましょうか?
というとこでこの本には、”不安なまま行動すればいい、不安が行動を妨げると言う間違った考えを取り入れないでください。不安になっても不必要な苦しみを加える必要はありません。”
難しい書き方をすれば不安を受け入れる。
わかりやすく書くと、明日はどうあがいてもやってくるし、やらないといけないやん。そうするうちに絶対おもろくなるって、って。
感情に左右される人生を送るのはもったいないと思う。だけど全てではない。そういう時もあるのが人間で必要だと思う。ただ何でもかんでも感情に押し流されるようにはなるのはよくないと思う。
感情は、どんなに大きなものでも、病気ではない限り時間とともに薄らいでいきます。
感情は、何か別な事に熱中してる間は忘れるものです。
感情は、直接コントロールは出来ません。だけど行動することで矛先を変えてやることや、楽になったりすることは出来ます。
感情があるから人間面白いのだと思います。
とても大切で必要不可欠なものだと思います。
うまく付き合っていきたいと誰しも思ってると思います。
急いで直接その感情の原因を解決する行動ではなく、全く別の生産的な行動が必要不可欠だと思います。
だから、こうやって文章を書く行動が、今の自分に必要だったのです。
2008年11月12日水曜日
ミレットでのえらい難しい話
新しいカテゴリーを作った関係で一つ前の記事と分割しました。
話すのって大事だなって改めて思った。話せばその人がよりわかるし、自分も改めて気づく事が多い。
お2人とも自営業だから当たり前だが決まった休みと言うのがないと言ってはった。サラリーマンの自分としては休みがあって当たり前で、休みがないという考えが浮かばない。でも彼女達は休みって何?と言う感じで。
常に毎日が仕事で、でもそれを仕事とはあまり捕らえてなくて。いわばそれは”日々”なのかもしれない。
今は当たり前に、出勤して、何かをして、休憩があって、がんばって、残業して、家に帰って、という”仕事”と言うサイクルが出来てしまってるけど、本来人間は彼女達も言ってたように労働と言う時間に縛られるのはおかしな話。
昔
は、生きていくために何か行動する、それが報酬(現金だけではない)を得る事につながる、というサイクルで生活していた。村の中で野菜を作る人や猟をする
人、それぞれ役割分担が決まっていて、その中で当たり前に行い当たり前に一日が終わる。そして足りない部分は補い合う、そういうのが本来の人間の姿なんだ
ろうなと思う。
それに近い事をしているのが自営業者で、人間として一番素直な生き方なんだろうな。
でも今の世の中それを実行する事が逆にすごく難しくなっている。そしてそういうことをしている人を、例えば~ってちょっと変わった人だよね、とか、~は楽でいいよね、などど見る人が多い事も事実。
け
れど、そうしている人は、別の意味で決して楽ではないし、だけどどんなお金持ちよりも権力がある人よりも誰よりも人間として幸せなんじゃないかと思う。
だってカフェ、パン、農業、建築家、その他諸々、会社に属するのではなく自分で生きる術を使って生きている人の顔は真剣で、そしてみんなステキだ。
今自分はそれには及ばない生活をしているけど、今の時代にあった形は色々あると思う。だから、それに向かう形で今出来る事で少しずつ何かを変えていったり、工夫したりしていこうかと思っている。
生きる事、それは生かされる事ではない。
2008年11月8日土曜日
人それぞれのキャパは?
人には、色々な情報を処理するある一定のキャパシティーがあるんじゃないのかな、と思う。
そしてそれは人によって違う。量が違ったり処理速度が違ったり方法が違ったり。
世の中にはなんでもソツなくこなす人がいる。羨ましいなーと思うけど、その反面何かが欠けていたり裏ですごい努力したりするのかなとも思う。
自分はどうなんだろう、と考えた。
・量・・・一般より多いと思う。でもこれは努力の賜物であると自負している。
・処理速度・・・はっきり言って並か並以下です(ノ_-。)
・方法・・・並以上のことをしていると思うんだけどなぁ。。この方法は歳とともに成長していくとも思う。
そして結果それらそれぞれのバランスを保てて初めてうまくいくものだ。
どれか1つが普段以下になったりすると色々な部分で弊害が起こる。またどれか1つでも能力以上のことをさせようとするとこれまた弊害が起こる。
例えば量。これが一番わかりやすい。自分は仕事は別にして普段一度に抱えられる問題は2つが限度だと思っている。これが3つ4つに増えていくと、処理待ちの行列が出来始め処理が重くなる。
そして次に処理速度。これはどないしても動かせないものだと思うので割愛。
最後は方法。使い方次第では格段にスピーアップと効率化を図れる元となる。
でも、これが厄介で普段はそつなくこなしてても量が増えてくるとこの部分が知らずのうちにまずやられてしまう。優先順位は何か、今何をしているのか、どこまで進んでいるのか?この辺が混乱してくるなぁ。
こうなった状況で、自分はどうしてるのかというと、まず紙に書きますね。何をしないといけないのか、どれからしないといけないのか、どこまで進んでいるのか。これは昔バイトしていた中華屋の店長に教えてもらってそこから応用して今でも実行している。
そうやって紙に書くと視覚的に表現できて頭に入りやすい。そうすると枝葉の部分がなくなり量が減る。するとこなせるスピードが上がり、先に進んでいける。
もしそれでも解決できないときは、メモリ増設をするかな。つまり誰かに助けてもらう。
話を聞いてもらったり、代わりにしてもらったり。また自分で整理をつけきれないときに整理をつける手助けをしてもらったり。ほとんどの問題はこれで解決できると思う。
それでも解決できない場合。
自分でも整理してみた。人にも助けてもらった。でも最終的に処理するのは他でもない自分。そして前半に書いたけど処理速度は簡単には変えられない。
だから後はただ時間がたつのを待つだけ。時間をかけて順番を決めて1つ1つ解決していく。
これしかないなー。
でもこういう時こそあせるんだよねー。
さて、いかがでしょう?
2008年11月1日土曜日
幸せな朝食
仕事がある日は、時間に急かされてパンにジャムをぬって紅茶で流し込む、というのが日々。
本当はゆっくり30分くらいかけて外の景色を見たり、新聞を読んだりして朝食をとりたいんだけどいかんせん、ねぇ。。
だから休みの日くらい、という事でサラダも作ってみました。生協で届いていた有機水菜をオリーブオイルとレモン汁とアンチョビとブラックペッパーで和えただけのもの。それにベーコンエッグ2個と写真にはないけどトースト1枚。そしてスパイスチャイ。
こんな簡単な事で一日のスタートが幸せになる。
ちょっとしたことにも幸せを感じられるような、人でありたい。
あなたにとっての幸せは何ですか?
2008年10月31日金曜日
怠惰怠惰
ここんとこ身が入ってない
なーんだが仕事に流されている感がある。
今の職場に移ってきて1年を過ぎてやる事がわかった。だから初めのころの初々しさが無くなった。
そして後輩達はころころ変わり、なかなか厳しい人材の宝庫になりつつある・・・。どこから手をつけていいのやらという感じだ。
そんな毎日で仕事は当初に比べ格段に増え、息つく暇も無く働いている。だからといって残業がたくさんあるわけではなく、仕事時間一杯一杯を使ってめい一杯働いている感じだ。疲れる。一息入れる暇が無い。
おまけに後輩を育てないといけないのだがこれがうまくいかない。色々な要因があるのはわかってるんだがそれをカバーしたり乗り越えるには勇気と根気が要る。今それを考えるほど余裕がある職場環境とは思えない。でもその職場環境を整えるのも仕事であって、、、どこからどうしたらいいんだろう・・・。
ずっと上司が動くのを待っていたのだがもういい。上長からある種それでいいというニュアンスの言葉を受け取ったので、ここからは自分で考えたとおりに動いていく。多分誰かがそれをしないといけないんだと思う。でも誰もが譲り合ってか、面倒くさがってかしなかった。
考えるのやめた!考えるのやめた!
考えるのやめたら、考えるのやめた!
考えるのやめた!考えるのやめた!
考えるのをやめたらお腹が空いてきた。
導き出してるつもりでも 押し込んでます。
答えを出してるつもりでも ややこしくしてます。
こんな歌がある。後はひたすら考えるのやめた!の繰り返し。
行き詰ったときに聴くと救われる。でも毎日聞いてると、なーーんも考えなくなるから危険だ・・・。違うけど。
2008年10月26日日曜日
食の安全を考える
ここの所navetパンを買い損ねて代わりにいろんなところのパンを買って食べている。どこのパン屋も好きな店なのでそれはそれで楽しい。
だけど、ここの所毎日、新聞にメラミンがとかシアン化合物がとかたくさん出てきていて考えさせられる。
恐らく、昔から使われてきたであろう。最近になって急に食品業界が製法を全社的に変更してそれが原因でいろいろな問題が出てきた、と言うわけではないだろう。実はずっと同じ危険があってそれがたまたま公になり、マスコミが色々取り上げるようになってここまで話が大きくなってるのかな?と思う。
同時に金融市場の不安も重なり、マイナスイメージのものばかり取り上げられている感が否めない。
今朝の新聞で、佐渡島のトキの放鳥のその後の話が書かれていた。
色々書かれていたが気になったのは、このままではエサが不足するのでは?という内容だ。
トキは水田などにいるドジョウやカエルなどを主食にしている。だけどそれらのエサが生息する棚田や沼などが、トキが繁殖していた時代に比べて2/3程度になっており今から冬に向かって心配だ、と言う事だ。
だからとりあえず餌場を作って与えよう、と書いていた。
それじゃ根本的な解決にならないし野性に戻すと言う趣旨に反するんじゃないのかな?
どうも、今年の冬を乗り切るという点だけに目がいっている様な気がしてならない。そりゃ数年かけてやっと放鳥できて関係者は絶対に失敗はしたくないという思いはわかる。
でも、それは人間の都合で本来は今後トキが野生で生息していくと言う点が目的なんじゃないんだろうか?今ではなくもっと先のことが本来の目的なのに視点がずれているような気がする。
ビオトープを増やしたり減農薬水田を増やしたりとかするみたいだけど、それも中途半端にするだけなら世間に対して、うちらはここまでしてますよ、という点にだけ目がいってるようにしか見えない。
今の時代には今の時代にあったことをしないとダメだと思う。無理やり昔に似せても結局今は今であって昔には戻らない。
戦後数十年かけて高度成長時代を経て築き上げてきた日本が実際の日本であってそれを受け入れてその状態からどうしていくか考えないとうまくいかないんじゃないのかな?
ビルが乱立する日本で、環境がとか二酸化炭素削減がとか言ってもごく一部にしか機能しない気がする。もちろん、そういう小さな動きが大事なのはわかる。
食の問題然り、国を上げて高度成長時代のように日本をゴロっと変える時期なんじゃないかな~と思うんだけどねぇ。首相のバー通いの回数なんかどうでもいいことなんだけど・・・。自分に何が出来るかを考える時期なんじゃないかと思う。
えらそうに書いたけど、自分は何をすればいいのかは、今は見極めているところだけど危機感は感じています。
